歴史

ストールやマフラーには、とても長い歴史があります。歴史が古すぎて、正確な年号などが分からないくらいです…。海外、そして日本では、どのような歴史をたどってきたのでしょうか?ここでは、ストールとマフラーが誕生した時代にまでさかのぼって、その歴史を見てみることにしましょう。

ファッション性を重視?!

ストラ

今は防寒具としてはもちろん、ちょっとしたアクセサリー代わりとしても人気のストール。一口にストールと言っても様々な素材があり、その中でも布製のストールは、中世以降のカトリックの聖職者が使っていた「ストラ」という肩掛けが原型だと考えられています。もともと儀式用に使われていたということもあって、当時から防寒用としての役割はあまり果たしていませんでした。

そのほか、ストールという言葉にはこんな由来もあります…。古代ローマで既婚の女性たちが使っていた、丈がくるぶしのあたりまである、ラテン語が語源の「ストラ」というゆったりした服、またはチュニックであるという説です。

このように、いくつかの説があり、これが正しい!というものはありません。けれど、今紹介したどちらの説にも言えることは、ストールはファッション性を重視して身に付けられていたことでしょう。

日本でのストールの歴史

日本にストールがいつ伝わったのか、はっきりとは分かっていません。17世紀頃にはすでに存在していたというショールと混用されてきたため、余計に分からないのかもしれませんね。今は普段使いからパーティー用など、様々なシーンで使われています。マフラーよりも日本での歴史は浅いですが、長くて幅も広いため、使い勝手がいいことから、時代の流れとともに少しずつ注目されはじめ、特に女性には欠かせないおしゃれアイテムとなりました。肌寒いと感じる季節などに、ちょっと軽く羽織るのにも便利で、よく使われていますね。

女性の顔を隠すためのもの?

ストールとは反対に、ファッション性よりも防寒具として大きな役割を果たすのが、マフラーではないでしょうか。マフラーの起源についても、いくつかの説があります。15世紀、女性たちが顔の下のほうを覆うために使っていた布を「マフラー」と呼んでいたといいます。それから、17世紀後半になって「クラバット」(今のネクタイ)が誕生します。この「クラバット」も、マフラーから出来たものと言われているんですよ。

今ではマフラーの利用目的のほとんどが防寒具となっていますが、昔は旗印や包帯代わりなど、いろんな目的で使われていました。もともと女性の顔を覆うためのものが、最終的には防寒具として年齢・性別問わず、たくさんの人に親しまれています。

日本でのマフラーの歴史

私の母は、マフラーのことを「襟巻」と言います。日本では長い間、マフラーは「襟巻」と呼ばれていました。マフラーについてもストール同様、いつ頃日本に伝わったものなのか詳しいことははっきり分かっていません。

ところで、みなさんは一休和尚を知っていますよね?トンチで知られ、テレビアニメでもお馴染みのアノ一休和尚が1461年に「襟巻き」という名で、次のような歌を詠んでいます。

「襟巻のあたたかそうな黒坊主 こやつが法(のり)は天下一なり」

このことから、この時代にはすでに防寒具としてのマフラーが存在していたことが分かりますね。日本で、この襟巻が「マフラー」と呼ばれるようになったのは、だいぶ後のことですが、マフラーは年間気温の変化が大きく、多湿の日本で首元を温めるためのアイテムとしては本当に便利で、早くから多くの人に愛用されていました。


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